Skip to Main Content

慶應

日吉メディアセンター(日吉図書館)
Hiyoshi Media Center (Hiyoshi Library)

教員のオススメ本

日吉図書館で、毎年春に新入生に向けた教員のオススメ本を展示しています。ぜひご覧ください。

神崎 忠昭(Kanzaki Tadaaki)先生のオススメ本

                              

1)自己紹介

文学部に長くお世話になりましたが、2023年3月で退職し、現在は図書館に来ては居眠りをしながら、非常勤講師などをしています。
※補足:文学部 名誉教授です。

2)専門・研究分野
ヨーロッパ中世史です。記憶力がよくて歴史という科目の成績もよかったので専攻しましたが、「歴史を学ぶ」とは暗記力の勝負ではなく、もっと重要なものがあると知るようになり、いつの間には半世紀近く続けています。特に分からなかったヨーロッパ中世史を専門にして、今もボヤキながら考えています。
「分からない」ことは苦しいですが、一方で関心は尽きず、ようやく見えたこともあれば、「?」ということも多いです。「少年老い易く学成り難し」。だが、楽しいです。

3)どんな学生でしたか

優柔不断な学生でした。若い頃には未来への道が自分の前にたくさん分岐して存在していますが、どれを選ぶかが分かりませんでした。しかしそれでも時は無情に進んでいきますから、いつの間にか自分でも知らないうちに選択をしており、現在に至っています。
大学生らしいこともしましたが、遊ぶにせよ学ぶにせよ、もっと一所懸命にすればよかった。そう当時の自分に言ってやりたい。でも20代には絶対戻りたくありません、あんなに悩ましい時期はありませんから。

4)日吉のおすすめスポットとおすすめポイント、理由を教えてください
歳をとると、同じ場所にいくつもの光景が重なって見えます。それぞれの場所に思い出があって面白いですが、今一番好きなのは陸上競技場脇のベンチです。夏は日陰を、冬は日向を探し、楓の葉の変化を追い、体育の授業やトレーニングに励む学生さんたちを眺め、保育園児たちの走って転ぶさまに和まされるのが好きです。ただ、これは不審者に間違えられる恐れもあります。

5)塾生に一言お願いします

一言:分からないは、愉快だ。
僕が若い頃には未来が想像できましたが、今は難しいです。特にこの5年間の変化は激烈です。パンデミックに戦争に生成AI。塾生の皆さんには長い未来が待っていて、これらに直面しながら生きていくことになりますので、どのように準備すべきかが重要です。最先端を進むことは無理であっても、どのように未来が変化するか展望をもつ必要があります。「明日は今日と同じ」と思うのではなく、「夢」を抱いて新しい未知へと向かってくれたらと願います。

推薦するテーマについてコメントをいただきました。

お薦めしたい本はいくつもありますが、やはり「歴史」に関わるものにするのが自然でしょう。第2次世界大戦という激烈な体験をした世代が生みだした本を選びました。


 
歴史とは何か E.H.カー 著, 近藤和彦 訳

 

ISBN:9784000256742
出版者: 岩波書店
日吉図書館の配置場所:2階西閲覧室
請求記号:B@201@Ca1@2, B@201@Ca1@2B ※2冊あります

E.H.カー(1892-1982年)による本書は「歴史とは現在と過去のあいだの終わりのない対話」のフレーズで知られ「歴史学入門」と見なされる本です。僕も授業などで何十回も読んできました。だが後半部分になるとよく分からなくなり、なぜ、このような論述になるのか謎でした。

あるとき『歴史とは何か』が問おうとしているのは、歴史学という「書かれた歴史」を超えて、私たちがその中に生きている「歴史」そのものだと気づきました。アフリカで白人の優越性が失われたこと、20世紀のアジアで起こった変化など、昨日までの世界が崩れているように見える事件に触れ、カーは「history」という語の2つの意味を巧みに使いながら、大英帝国から転落したイギリスの人々に歴史の変化を受けとめ未来に対する信頼を持ち続けるように訴えるのです。

カーは歴史とは未来を考えるものでもあると主張します。歴史の役割を考えるうえで、本質的な問題を提起してくれる本です。

※バージョン違いで以下も所蔵しています。
原著
 タイトル:What is history?
 日吉図書館の配置場所:4階東閲覧室
 請求記号:K0@201@C2@1
翻訳者違い
 翻訳:清水幾太郎
 日吉図書館の配置場所:2階東閲覧室
 請求記号:S@204@Ca1@2, S@204@Ca1@2B ※2冊あります

 

世紀の遺書 巣鴨プリズン内巣鴨遺書編纂会

 

ISBN:406200836X
出版者: 講談社
日吉図書館の配置場所:3階西閲覧室
請求記号:B@916@Su5@1

第2次世界大戦後に戦犯として刑死および獄死した人々の遺書を編纂したものです。遺書と言えば学徒兵の『きけ わだつみのこえ』(1949年)がよく知られていますが、本書は戦場の現実に関わったもっと広い層の人々を対象とし、東条英機らのA級戦犯だけでなく、戦地で処刑された無名のBC級戦犯の人々の最期の思いを知ることができます。

汚名を着せられ死を前にした現在にあって彼らは過去を振り返り、未来への思いを吐露しています。無念、抗議、諦念、悔悟、そして平和への願いなど、さまざまな声が問いかけます。

※バージョン違いで以下も所蔵しています。
世紀の遺書 : 愛しき人へ : 新字体・現代仮名遣い版
 日吉図書館の配置場所:3階西閲覧室
 請求記号:B@916@Su5@2

 

復興期の精神 花田清輝 著

 

ISBN:9784062900133
出版者: 講談社
日吉図書館の配置場所:地下書庫
請求記号:L@914.6@Ha5@2

花田清輝(1909-74年)は理数系的で文学者、「客観的で」激越な感情家、コミュニストで右翼という二つの焦点をもつ人物で、戦時下において難しい立場にありました。言論逼塞の中で主にルネッサンス期の人々を論じることによって、当時の社会に暗に抵抗したのが本書です。正直言えばキザで難解な文章ですが、同時に状況に対する彼の批判と、ルネサンスにおける復活の秘密を探ろうとする思いが聞こえる著作です。

現在のルネサンス史研究から見れば参考文献には挙げられませんが、敗戦後の人々に深い影響を与えたのもうなずけます。


 

火の鳥 未来編 手塚治虫 著

 

ISBN:9784022140234
出版者: 朝日新聞出版
日吉図書館の配置場所:3階東閲覧室
請求記号:B@726.1@Te1@8-2

僕はアニメ『鉄腕アトム』(1963年)をリアルタイムで体験し「健全な手塚漫画」で育ち明るい未来を信じた世代です。ですが、本書には底の知れないものを感じ、何年かに一度読んでしまいます。
手塚治虫(1928-89年)は1945年の大阪大空襲を辛うじて生き延びますが、その際に多くの死を目撃します。これは、たとえば『紙の砦』(1974年)や『どついたれ』(1974年)に直接的に描かれ、他の多くの作品にもさまざまなかたちで反映されていますが、本書は「戦争の愚かしさ」や「生命とは何か」を突き詰めて考えた人しか表せない内容です。

※『火の鳥』シリーズ第2巻です。

 

 

ISBN:4883091058
出版者: ジャストシステム
日吉図書館の配置場所:3階西閲覧室
請求記号:B@918@Ko6@1-1

『日本沈没』(1973年)は中学生の時に読みましたが、コロナ禍の時にパンデミックを描いた『復活の日』(1964年)を読んで、小松左京(1931-2011年)の先見性に驚かされました。他に、特に衝撃を受けたのが本書です。

彼も戦争が深い爪痕を遺した若者です。『SF魂』(2006年)や『自伝』(2008年)を読むと、軍事教練や勤労動員の理不尽さが彼の思想形成の核となったことが分かりますが、彼は押しつけられた世界観を信じず、自ら理性に拠って歴史を問います。そして機械知性が人間よりも優位に立って取って代わるだろうと当然のように予見するのです。

前回の東京オリンピック(1964年)と大阪万博(1970年)に挟まれたユーフォリアの時代にあって、こんなことを考えていたなんて! 彼の知性の大胆さと柔軟さに驚かされる作品です。

 

このように歴史を学ぶというのは、過去を「骨董品」のように愛することとは限りません。歴史を論じたこれらの著作は、過去に照らして現在を考え、目指すべき未来像を問うています。
未来は希望や夢の反映でもあります。どのような未来が私たちの前に現れるのでしょうか。

鈴木 亮子(Suzuki Ryoko)先生のオススメ本

1)自己紹介

子どもの頃からお転婆でおっちょこちょいです。日本女子大学大学院を修了しカリフォルニア大学(UCSB)で学位を取得し、シンガポール国立大学(NUS)日本研究学科で教えたのち、日吉キャンパスで経済学部の英語科目を主に担当してきました。職場に森がある幸せをかみしめて通勤しています。
音楽が好きで10年前フルートを始めましたが亀の歩みです。

2)専門・研究分野
言語学(語用論・談話分析)です。
日常の会話に見られる表現の定型性や創造性に興味を持ち、現代会話のビデオデータや一昔前の小説に見られる話しことばの文法を記述しています。また宮古島の池間方言を聴く耳を鍛えようと努力中です。
共同研究としては、長い文(例:ある出来事を人に話すときや、誰かを説得する際などによく見られる、一人の話者の「語り」)が産出される時の話者や聞き手の言語表現や動作等のパターンをフィンランド語やインドネシア語の研究者らと比較検討しています。
私たちは日々当然のように他人と会話しますが、会話のスムーズな遂行については未解明のことが多くあります。

 

3)どんな学生でしたか

大学の英語会(English Speaking Society)に所属していたので、他大とのディスカッションやスピーチコンテストに出場して忙しく過ごしました。他大とのサークルで盛り上がる友人たちを尻目に、図書館に籠り英語会の仲間とリサーチに明け暮れました。その後はカリフォルニアに留学し、明るい陽射しのもと、大変ながらも楽しい院生生活を送りました。

4)日吉のおすすめスポットとおすすめポイント、理由を教えてください
日吉の蝮谷の緑や陽差しに癒されます。日吉図書館の書棚を見ながらゆっくり歩くことやライブラリーコンサートもお薦めです。来往舎のイベントテラスからガラス越しに見る秋の銀杏並木も息をのむ美しさです。(学部生は入れないのですが)協生館図書室で、作業の合間に競技場を見渡すのも心地よいです。

 

5)塾生に一言お願いします

これまでも多くの出会いが皆さんの日常を形作ってきたと思います。大学は、「研究対象に(いい意味で)出会ってしまった」教員たちが大勢います。友人との出会いのみならず、授業等で教員や色々な学問分野・トピックとの出会いも楽しんでください。
また、紙媒体のページを「繰る」というのは、2倍速や30秒限定の情報摂取・情報消費とは対局的な活動です。大学生活の中で自分のペースで本や新聞などを読む贅沢な時間を通して、新しい自分との出会いも重ねてほしいです。
というわけで「大学生活」とか「出会い」といったことばを手掛かりに、頭に浮かんだ数冊を紹介します。


 
光の中の食卓 小林カツ代 著

 

ISBN:4-81840123-4
出版者:日本基督教団出版局
日吉図書館の配置場所:3階東閲覧室
請求記号:B@596@Ko9@1

20代で米国留学して一人暮らしだった私は、食事を疎かにしがちで、見かねた友人がこの本をくれました。
著者は、素早く美味しくできるレシピを数多く提案し「料理の鉄人(料理が調理対決するテレビ番組)」で勝利を収めた料理研究家です。
私は心細い夜中にこの本を手に取っては、包丁の音や鍋の匂いが感じられる闊達な文章に励まされました。小さな「まな板」がとてつもなく豊かな宇宙であることを教えてくれた本です。
まな板の上の素材を通して、著者は政治や世界平和を考え発言し、手の技を磨いて自己への信頼を育み、様々な人と係わり、神と対話し続けました。

 

 

ISBN:4-06-158052-3
出版者:講談社
請求記号:SAL@132、000@KO2@1-52
※三田メディアセンター、湘南藤沢メディアセンターから取り寄せ可能です。

バブリーな80年代に大学生だった私は、「推し」の役者が薦めた本だから自分も…という軽薄な動機でこの本を購入し苦労しました。
森有正が1960-70年代に執筆した、思想を育むことについての考察や講演録を一冊にまとめたものです。
四半世紀あまりをフランスで過ごし、日本語や日本文学・思想を講じ、オルガン奏者としての顔も持ちつつ思索を深める中で森は「経験」と「体験」ということを区別します。個人は内的促しによって生涯をかけて思想を育みそれが経験となる。一方で森は、日本が敗戦の総括を国家の経験として行えてはいないと指摘します。
森の没後半世紀近く経過し、彼の描いたパリの美しい夕暮れの景色も変貌を遂げています。しかし、戦禍と災害の続く世界、そして顔が見えない発信者からの刺すような表現や軽々しい断定表現が容赦なく目に飛び込む現代に、「経験」をめぐる洞察に幾重にも挑み続けた彼のことばは、なおも響きます。

 

インタビュー 木村俊介 著

 

ISBN:9784903908960
出版者:ミシマ社
日吉図書館の配置場所:3階東閲覧室
請求記号:B@809@Ki7@1

「学生自身がテーマを選び、文献調査の過程で、勇気を出して関係者に連絡をとりインタビューを敢行しレポートに纏める」という、いささか無謀な少人数セミナーを担当していた時に、この本に出会いました。
著者は東京大学在学中に立花隆氏のゼミに参加し氏の公開インタビューに大触発され、自身も対象の人物に関する資料を徹底して読み込み迫真のインタビューを重ねてきました。この本は目次からして文がびっしりで、インタビューの方法を紹介するノウハウ本とは完全に趣が異なります。
著者にとっての「インタビュー」は人から情報を引き出す手段ではなく、自分が自分らしくいられる知的空間であり、時間の経過とともに起こる相手との化学変化を見つめ記録する場のようです。
大学時代にインタビューという営為に「出会ってしまった」木村氏の、インタビューに対する愛と、その可能性を教えてくれる本です。

 

やわらかい文法 定延利之 著

 

ISBN:978-4-910292-09-0
出版者:教養検定会議
日吉図書館の配置場所:2階東閲覧室
請求記号:S@815@Sa2@2

一般読者向けに、日常の音声言語(話し方)の多岐にわたる文法現象を紹介し、言語研究者にも疑問を投げかける書です。
言語を研究する上での「前提」の誤りや研究対象の「切り分け」によって起こる問題、また言語研究者の認識の外にあっても母語話者なら皆が心得ている現象(「きもちの文法」「空気すすり」「非流暢な話し方」)などを、豊富な文例にユーモアを交えて説明しています。
著者はこれまでにも夥しい研究業績と共に、一般読者にも向けて「ささやく恋人、りきむリポーター(岩波書店)」「煩悩の文法 増補版(凡人社)」など、示唆に富んだ本を発表してきました。定延氏の共同研究に私も参加して大いに刺激を受けています。

 

庄内 風土の美 -酒井家17代源忠明氏のうたに見る「酒井家と庄内」- 東山昭子 編著

 

ISBN:978-4-9910360-5-7
展示期間中は、先生の私物をお借りして展示しています。

皆さんの中には、短歌や俳句に思いを込めて日々創作している人や、興味を持っている人もいるでしょう。この本は庄内の写真に彩られた美しい歌集です。
荘内酒井家の第十七代で「殿はん」と鶴岡の人々に慕われた酒井忠明(ただあきら)氏が生前に刊行した4冊の歌集を、先祖、家族、交友、自然や文化、歌会始などのテーマごとに組み替えて、酒井家の荘内入部400年の記念に出版したものです。
忠明氏に短歌を師事した東山昭子氏の随想が各テーマに添えられていて、それが忠明氏の歌に籠められた人となりを浮かび上がらせ、歌が詠まれた当時の空気を見事に伝えています。
編著者の東山氏は、「庄内セミナー」の講師として、豊かな風土に育まれて暮らしを紡いできた庄内の人々の人生を、語って下さる方です。(「庄内セミナー」は、山形県鶴岡市にご協力頂いて10年以上続いてきた、教養研究センター主催の4日間の夏季宿泊行事です。)
ご縁があって出会えた方の声や笑顔を思い浮かべてその方の著書を読むのも、読書の醍醐味ですね。

 

三原 龍太郎(Mihara Ryotaro)先生のオススメ本

1)自己紹介

経済学部で主に英語を教えています(Study Skills、英語セミナー等)。また、教養研究センターで株式会社アカツキ寄附講座「エンターテインメントビジネス論」及び実験授業「エンターテインメントビジネス特論」を担当しています。

2)専門・研究分野
専門は文化人類学です。現在の研究テーマは日本アニメの海外展開で、その現場を文化人類学的フィールドワーク(エスノグラフィ)の手法で探究しています。近年は特にアジア展開のフィールドワークに注力しており、中国(北京、上海、成都)、インド(デリー、ムンバイ、ベンガルール)、サウジアラビア(リヤド)などの国・都市を訪れました。

3)どんな学生でしたか

アメリカからのいわゆる「帰国子女」だったこともあり、大学では「文化の違い」を研究したいと思っていました。学部では、自分のそのような問題意識に応えてくれそうな文化人類学という学問に魅せられ、文化人類学関連の各種授業を楽しんで受講していました。また学業の傍ら文芸サークルにも所属し、いわゆるライトノベルやパスティーシュ小説、エッセイといった各種ジャンルの真似事のような文章を書き散らしていました。

4)日吉のおすすめスポットとおすすめポイント、理由を教えてください
銀杏並木、特に紅葉が美しい秋のシーズンの銀杏並木がおすすめです。その季節の銀杏並木には、授業や講義に向かう大学関係者の傍らで近所の保育園の先生方が園児とともに散歩に来ていたり、親子連れが落ち葉とたわむれていたり、配信者とおぼしき人たちが撮影をしていたり、インバウンド観光客とおぼしき人たちが記念撮影をしていたりと、大学ならではのパブリックな雰囲気があって、自分はその空気感が、銀杏紅葉の美しさともあいまってとてもいいなあと思っています。大学キャンパスはセキュリティなどの関係で関係者以外の方々の入構が年々厳しくなっていたりしますが、こういうのはなくならないで欲しいですね。

5)塾生に一言お願いします

我が身を振り返ってみると、自分にとっての大学学生時代は、日本全国から集まってきた、自分とは異なるさまざまなバックグラウンドを持つ同級生たちと交わることで、これまでの自分の「当たり前」が全く「当たり前」などではなかったことに気づかされる最初の機会だったように思います。塾生のみなさんも、大学での学生生活を通じて、自分や仲間内とは異なる考えや価値観になるべく多く・広く触れて頂ければと思います。

推薦するテーマについてコメントをいただきました。

大学での学習は「書く」ことが大きな比重を占めます(レポート、エッセイ、卒論等)。ちゃんと「書ける」ようになることが大学生活におけるみなさんの最も重要な達成目標のひとつであると言っても過言ではないかもしれません。そして、教員はみなさんが「書ける」ようになるための伴走者であるだけでなく、自らも「書く」ことを生業にしている職業人です(研究書、学術論文等)。

私自身も文化人類学の徒として本や論文、フィールドノートといった様々な書きものを「書く」なかで、そもそも「書く」とはいったいどういった営為なのか、それが我々や社会にとって何を意味するのか、といったことを日々考させられています(ちなみに文化人類学は「書く」ことに対して最も自覚的・自省的な学問分野のひとつです)。

そこでここでは、「書く」とはいったいどういうことか?という切り口で、私自身がその点について大切なことを教えてもらった各種図書をご紹介していきたいと思います。これからみなさんが大学で「書く」際の参考になれば幸いです。


 
菊と刀:日本文化の型 ルース・ベネディクト 著, 長谷川松治 訳

 

ISBN:4061597086
出版者:講談社
日吉図書館の配置場所:地下書庫(S/L)
請求記号:L@389.1@Be1@2C

書くことは他者を理解することである」ということを教えてくれる本です。この本は文化人類学的日本研究の古典ですが、書かれたそもそもの動機は、第二次大戦で対日戦争を戦っていたアメリカにとって日本が「これまでに国をあげて戦った敵の中で、最も気心の知れない敵」(11頁)だったので、日本に勝つためには「日本をして日本人の国たらしめているところのもの」(25頁)を理解しなければならないというものでした。「戦争中には敵を徹頭徹尾こきおろすことはたやすいが、敵が人生をどんなふうに見ているかということを、敵自身の眼を通して見ることははるかにむずかしい仕事である」(15頁)というくだりには、他者がたとえ敵であったとしても(あるいは敵であるからこそ)その理解のために書くのだ、という凄味を感じます。

このほか、「他者理解のために書く」という観点からは、『インドで考えたこと』(堀田善衛、岩波書店)、『インド日記:牛とコンピュータの国から』(小熊英二、新曜社)、『壁の向こうの住人たち:アメリカの右派を覆う怒りと嘆き』(A. R. ホックシールド、岩波書店)などがオススメです。どの本でも、他者の真っただ中に飛び込んだ著者が戸惑いながらもなんとか相手を理解しようと格闘しており、その試行錯誤の様子が書かれた文章(とその行間)から垣間見えます。

◆バージョン違いで以下も所蔵があります。
  2013年刊行,越智敏之,/越智道雄 訳, 平凡社
 

 

 

ISBN:9784560721254
出版者:白水社
日吉図書館の配置場所:2階東閲覧室
請求記号:S@289.2@Bo1@1

書くことは忘れてしまわないことである」ということを教えてくれる本です。この本は英植民地下のインドから日本に亡命してきたラース・ビハーリー・ボースというインドの独立運動家の評伝ですが、著者は丹念な史料検証と現地調査を通じて、ボースといういち個人を通じた日本とインドとの間の知られざるつながりを描き出しています。新宿中村屋には現在「純印度式カリー」という本格インド式カレーがありますが、普段何気なく目にするそのメニューがいまそこにある背後には、実は植民地主義、日英同盟、第二次大戦、アジア主義といったとても大きな歴史的文脈が関わっているのだということを教えてくれます。

1998年にボースの娘・哲子氏を原宿に訪ねた著者が、彼女からボースに関する貴重な史料の詰まった箱を渡され全て執筆に使ってよいと言われた際に「私はこの時、何としてもR・B・ボースの伝記を書かなければならないと強く決意した。私がこの世に生を受けた意味があるとするならば、それはR・B・ボースの生涯を書くことだとさえ思った」(385頁)というくだりが印象的です。ここまで「熱い思いがこみ上げ」(同頁)るテーマに著者が巡り合えたことを、同じ「書く」人間のひとりとして羨ましくも思いました。

このほか、「忘れてしまわないために書く」という観点からは、『サンダカン八番娼館』(山崎朋子、筑摩書房)、『カルピスをつくった男 三島海雲』(山川徹、小学館)、『南洋と私』(寺尾紗穂、中央公論新社)などがオススメです。それぞれ、東南アジア、モンゴル、南洋諸島と日本との間の知られざるつながり、それもときに非常に悲しいつながりを、それでも書いて忘れ去らないようにするのだ、という著者たちの強い思いを感じます。

◆バージョン違いで以下も所蔵があります。
  2005年刊行

 

パレスチナ ジョー・サッコ 著, 小野耕世 訳

 

ISBN:9784910962009
出版者:いそっぷ社
日吉図書館の配置場所:2階西閲覧室
請求記号:B@319.279@Sa2@1

書くことは抗うことである」ということを教えてくれる本です。権力による圧政・暴力・搾取が我々を脅かすとき、「事実を克明に書く」ことはときにそれだけで非常に強力な抵抗の橋頭保になります。「事実が克明に書かれる」ことで人びとが権力にミスリードされなくなるからです。従って権力にとって「事実を克明に書こうとする」人間は排除(と恐怖)の対象になります。「なんだその目は」というやつです。この本はコミックスという形式を取っていますが、パレスチナで今まさに起きている圧政・暴力・搾取に対して、それを「克明に書く/描く」ことで抗おうとする著者の「その目」を感じます。本書に登場する女性の「戦争があった。わたしたちは土地を勝ちとった!いまじゃわたしたちの土地なのよ!」(264頁)というセリフ(とそれを言っているときの表情)が特に印象に残りました。

このほか、「抗うために書く」という観点からは、『洗脳するマネジメント:企業文化を操作せよ』(ギデオン・クンダ、日経BP)、『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した:潜入・最低賃金労働の現場』(ジェームズ・ブラッドワース、光文社)、『自動車絶望工場』(鎌田慧、講談社)、『アフガニスタン・ペーパーズ――隠蔽された真実、欺かれた勝利』(クレイグ・ウィットロック、岩波書店)などがオススメです。どの本にも「その目」があると思います。

 

オリエンタリズム E.W.サイード 著, 板垣雄三・杉田英明監修, 今沢紀子 訳

 

ISBN:9780099511021
出版者:平凡社
日吉図書館の配置場所:地下書庫(S/L)
請求記号:L@220@Sa1@1-1,1B,1C,1-2,1-2B,1-2C

書くことは暴力である」ということを教えてくれる本です。「書く」ことは、「書かれる」側との関係によっては相手に対する暴力となりえます。この本は、西洋世界における知的制度としての東洋学が、西洋の東洋に対する帝国主義的権力を背景に、いかに相手(東洋)の主体性や人間性を剥奪する形で――いわば西洋の東洋に対する教条的偏見にお墨付きを与えるような形で――形成されてきたのか、そしてその知的伝統がいかに今日まで根強く残っているかを、書かれたテクストのレトリックのレベルから暴き出しています。「他者理解のために書く」と言いながら、実際には自分が独りよがりに設定した理解の枠組みを一方的に相手に押し付けてしまっていないか?「忘れてしまわないために書く」と言いながら、実際には書き残される相手ではなくて書き残す自分の方が前に出てしまっていないか?「暴力に抗うために書く」と言いながら、実際にはまさにその「書く」ことで相手に暴力をふるってしまっていないか?この本は「書く」自分が「書かれる」相手にたいして常に自問しなければならない責任を意識させてくれます。

その意味では、自分がどれほど「書かなければならない」という「決意」や「熱い思い」を持っていたとしても、「書かれる」相手からすればそれは単に「書く」側の「誇張された文化的義務感」(下巻206頁)が空回りした余計なお世話・ありがた迷惑でしかないのかもしれないという自省は常に持っておいた方がいいのかもしれません。こういった「書くことは暴力である」という観点からは、ほかには『文化を書く』(ジェイムズ・クリフォード&ジョージ・マーカス編、紀伊国屋書店)、『調査されるという迷惑:フィールドに出る前に読んでおく本』(宮本常一&安渓遊地、みずのわ出版)、『ネイティヴの人類学と民俗学:知の世界システムと日本』(桑山敬己、弘文堂)などがオススメです。

◆版違いで以下も所蔵があります。
 1986年版

 

プラネテス 幸村誠 著     1巻 /  2巻 /  3巻 /  4巻

 

ISBN:9784063287356(1巻)
出版者:講談社
日吉図書館の配置場所:3階東閲覧室
請求記号:B@726.1@Yu2@1-1 ~ B@726.1@Yu2@1-4

書くことは未来への希望である」ということを教えてくれる本です。この本(マンガ)は、人類の宇宙開発が進んだ結果スペースデブリ(宇宙ごみ)が大きな問題になってきた近未来の地球を舞台に、そのスペースデブリ回収の仕事をする宇宙飛行士ハチマキを主人公としたSF作品です。一見すると地味な設定ですが、そこから仕事を通じた挫折と夢、スペースデブリと宇宙開発をめぐる地球各国の思惑、果ては宇宙における人類といった大きなテーマまで展開していくダイナミズムが魅力的です。第1巻が出版されたのは(おそらくみなさんが生まれる前の)2001年ですが、そこで描かれている宇宙開発の模様はまるで現在の世界の宇宙開発のあり方を予言していたかのようです。そして、ハチマキの最後の台詞「愛し合うことだけはどうしてもやめられないんだ」(4巻326頁)には、これからも「宇宙をさまよわずにはいられない」(同313頁)人類の孤独な未来に対して、著者が本作品を「書く/描く」ことで託そうとした希望が込められているように思います。

このほか、「未来へ希望をつなぐために書く」という観点からは、『五色の虹:満州建国大学卒業生たちの戦後』(三浦英之、集英社)、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ、新潮社)、などがオススメです。後者第2巻末の宮台由美子氏の解説にもあるように、我々がどんなに悲しい過去を抱えていようとも、またいまこの瞬間の世界がどんなに酷い状況であっても、それを「嘆いて思考を停止するのではなく、この場から何を問うべきなのかをあきらめずに考え続け」、「社会がもつ底力を信じて言葉にする営み」(236頁)こそが「書く」ことの究極的な意義のひとつなのかもしれません。

 

見上 公一(Mikami Koichi)先生のオススメ本

1)自己紹介

「科学・技術と社会」をテーマに研究をしていて、普段は日吉キャンパスと矢上キャンパスを行ったり来たりの生活です。日吉では科学史などの授業を担当しています。
学問の面白さをどう伝えることができるのか、日々悪戦苦闘しながら教員生活を送っています。

2)専門・研究分野
科学や技術を社会科学の視点から人間が行う活動の一つとして理解して、その知見を元により良い社会の実現に向けて発展させていこうという、科学技術社会論と呼ばれるマイナーな分野を専門としています。特に生命科学に関心があって、その議論を追っていくと、生命に対する様々な考え方に触れることができます。
生命との向き合い方は、正解がないからこそ、真剣に考えることが重要だと感じています。

3)どんな学生でしたか

(今でもですが)サッカーが好きで、サークル活動にかなりの時間を費やしていました。正直なところ、読書はあまり得意ではなかったです。でも、留学をしたいという気持ちは強く持っていて、そのための勉強は頑張りましたし、実際に留学してみて、本との向き合い方も変わったなという実感があります。

4)日吉のおすすめスポットとおすすめポイント、理由を教えてください
日吉歴が浅いのでおすすめするのが難しいのですが、日吉駅を出て見える日吉キャンパスは、春は桜に、秋は銀杏に彩られていて、季節が感じられるので大好きです。
あとは、コロナ禍で寂しいキャンパスも見てきたので、中庭でお昼に応援合戦をしているのを見ると、大学っていいなという気持ちになります。

5)塾生に一言お願いします

情報が溢れている時代だからこそ、誰によって、どのような意図で発信されているのかなど、情報の「質」に対して敏感になってもらいたいと思います。ただ本を読むのではなく、自分の考えを形成する材料を得るつもりで、批判的に読むという姿勢をぜひ身につけて下さい。


 
すばらしい新世界[新訳版] オルダス・ハクスリー 著, 大森望 訳

 

ISBN: 9784151200861
出版者:早川書房
日吉図書館の配置場所:2階東閲覧室
請求記号:L@933@Hu1@4

言わずと知れたサイエンス・フィクション(SF)の名作です。読み物として面白いだけでなく、科学技術がより良い社会をもたらしてくれると考えがちの現代社会において、本当にそうだろうかと問いかけてくれる一冊です。

◆バージョン違いで以下も所蔵があります。
①2013年刊行, 黒原敏行 訳,光文社
②1974年刊行, 松村達雄 訳, 講談社

 

沈黙の春 レイチェル・カーソン 著, 青樹簗一 訳

 

ISBN:9784102074015
出版者:新潮社
日吉図書館の配置場所:地下書庫(S/L)
請求記号:L@519@Ca1@1D

この本が、人間が環境の中で様々な生物と共存しているのだということを改めて世界に訴えたことで、1960年代以降に環境問題に対する議論が活発になりました。聞いたことはあるけれど実際に読んだことはないという人も多いのですが、ぜひ手に取ってみてもらいたいです。

◆版違いで以下も所蔵があります。
①2001年刊行
②1987年刊行
③1974年刊行

 

動き始めたゲノム編集 ネッサ・キャリー 著, 中山潤一 訳

 

ISBN:9784040823485
出版者:丸善出版
日吉図書館の配置場所:3階東閲覧室
請求記号:B@467@Ca5@3

ゲノム編集という言葉を聞いたことがある人も多いと思います。今後、私たちの生活の様々なところで活用されるかも知れない、そんな可能性を秘めたバイオ技術です。だからこそ、それが一体どんなもので、今どんな議論がなされているのか、知っておくことが大切ではないでしょうか。

 

温暖化の<発見>とは何か スペンサー・R. ワート 著, 増田耕一/熊井ひろ美共訳

 

ISBN:4622071347
出版者:みすず書房
日吉図書館の配置場所:3階東閲覧室
請求記号:B@451@We1@1

「科学は完璧ではない。でも、それは私たちにとって重要だ。」このことを教えてくれるのが科学史でもあります。気候変動は現代社会が直面する深刻な課題でありながら、いまだにそれを解決する糸口を掴めずにいます。だからこそ、その議論がどのように展開されてきたのかをぜひ追ってみてもらいたいと思います。

 

監視文化の誕生 デイヴィッド・ライアン 著, 田畑暁生 訳

 

ISBN:9784791771622
出版者:青土社
日吉図書館の配置場所:2階西閲覧室
請求記号:B@316@Ly1@2

監視という言葉にマイナスな印象を持つ人も多いと思います。でも、科学技術の発展とともに、監視の可能性は拡大し、人々は自ら率先して監視の対象となるように行動しているのかもしれない。少し難しいと思うかもしれませんが、新しい視点を与えてくれる学問の力を感じてもらえたら嬉しいです。(ぜひ、SFの名作「一九八四年」とともに!)