1)自己紹介 | |
英語とイギリス地域研究を教えています。毎週火曜日に中区の石川町で「カドベヤで過ごす火曜日」という小さな居場所を運営しています。この居場所は2023年の6月で13年目を迎えます。たまたま集まった人たちが、努力しなくても自然と寄り添えるような場はできるのか、ということをずっと考えています。大切なことは、ともに表現して、ともに食べること。それは大学生活でも同じかもしれません。 |
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2)専門・研究分野 | |
19世紀のイギリスの労働者階級の生活について調べています。特に芸術教育がテーマです。大きな歴史よりも個人の生活に興味があります。リサーチの場所はカムデン・タウンとイーストロンドンです。どちらも様々な文化がひしめき合って、足を運ぶたびに新しい発見があります。 | |
3)どんな学生でしたか | |
友人といることも楽しかったのですが、一人でいるのも気にならない大学生活でした。私の学生時代は、三田の旧図書館がメインの図書館でした。ここは勉強する、しないに限らず私にとって大切な居場所でした。大きな机に向かって座り、手紙を書いたり、ぼーっとしたり、来る人を眺めたり、本棚を見て歩いたりすることで時間を過ごしていました。今もそうですが、案外ひきこもりだったのかも、と思っています。 |
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4)日吉のおすすめスポットとおすすめポイント、理由を教えてください | |
陸上競技場のまわりはなかなか良い散歩コースです。春は桜の花、秋にはもみじと四季折々の自然の風景が迎えてくれるので、一人で歩くこともしばしばですが、来客があったときはこのあたりを一緒に歩くことが私のキャンパス紹介となっています。 | |
5)塾生に一言お願いします | |
2020年の春からのコロナウイルスのおかげで、なかなかキャンパスライフを楽しめなかった皆さん。今からでも遅くないので、ぜひともキャンパスの中と外を歩いたり、新しい人たちと話したり、イベントに出てみたり、学食や近くのお店で食べたりと五感で大学を楽しんでください。 |
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推薦するテーマについてコメントをいただきました。 | |
今回は「文学を読もう」をテーマに5冊を選んでみました。 |
『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』は2020年のパンデミックに際して、3月にその名も「デカメロン・プロジェクト」を立ち上げ、29名の作家たちに新作短編の書き下ろしを依頼しました。同年の夏にこれらの作品は発表され、11月には1冊の本となって出版されています。そして日本でも翌年には翻訳が出ています。今回のパンデミックはまさにグローバルな危機であったとはいえ、一人ひとりの経験は異なります。自然災害も感染症も戦争も、過ぎてしまえば、そしてたまたま私たちがその被害を免れることができたのなら、すみやかに忘却の彼方へと追いやられるものです。そんな中でその流れにあらがい、記憶にとどめる方法が、「物語」なのかもしれません。感染症との共存の道へと進む2023年だからこそ、読んでいただきたい短編集です。
29の作品の中でどの物語が心に残るのかも、一人ひとりにとって異なるはず。友人と一緒に読んで、感想を交換するのもいいですね。
エトガル・ケレットはイスラエルの作家です。ヘブライ語で執筆をしますが、出版はまず英語訳で発表されます。イスラエルと言えば、パレスチナとの紛争が長年絶えません。英語訳で出版するというケレットの身振りは、どちらの側にもつかないという彼の立場表明なのかもしれません。
私が彼の作品と出会ったのは、『ニューヨーカー』という雑誌です。すぐに大ファンになったわけではないのですが、読むたびに心に残って忘れられない作家となりました。この短編集でも時にぞっとする人間の暗部や隠しておきたい不都合がこともなげに語られます。
タイトルとなっている”Fly Already”という作品もそうですが、柔らかな表面のすぐ下に針が仕込まれているような物語の展開に、読者は短編といえども、いや短編だからこそ、身構えてページを繰ることでしょう。それでいて、嫌悪感を全く抱かないのは、彼の作品がこのパラドックスこそが人間の性(さが)なのだと悟らせてくれるから。矛盾を矛盾として、首をかしげながら受け止めるのではなく、むしろ首肯しながら静かに受け止める。論理だけで割り切れない人間の在り方を知るのも、大学生だからこそ大切ではないでしょうか。
20の短編にはそれぞれ異なるイラストレーターがイラストを提供しています。
このイラストとテキストの関係を読み解くのもまた楽しい一冊です。ジョー・ミノの短編ではどれをとっても大事件は起こらない。物語のいくつかはマジックリアリズムの手法を取りつつも、現実と非現実の間は淡く、ミノの世界に読者はすんなりと受け入れられていきます。しかし、行間や象徴に込められた皮肉や哀しみは読み込めば読み込むほど深く、2001年~2009年までのブッシュ政権への痛烈な批判がその裏にあったと知れば、そうか、と納得がいくはずです。
ミノの怒りは今の世界情勢の中でも色褪せることはありません。平易な英語ではありますが、様々なスタイルで描かれた実験的な20の短編は、1作1作、何度でもかみしめて味わうことができます。
2008年版が初版ですが、オバマ政権が生まれたのちに書かれた短編が収められたのが2010年版です。読み比べてみると面白いですよ。
個人的にはちょっと元気がない時にいつでも戻って励ましてもらえるのがこの一冊です。音楽家でもあったマクブライドの作品は、音楽そのものがテーマにもなっていますが、文体は独特のリズムを奏で、見事な比喩は物語に彩を添えています。アフリカ系アメリカ人の父とポーランド系ユダヤ人の母を両親に持つマクブライドの生い立ちは、この短編集でも重要な背景となっています。作品には、異なる文化的な背景を持った人々が登場しますが、そこには弱者も強者も存在しません。そして社会の底辺で過ごす人々の強さとしなやかさもマクブライドの筆が得意とするところです。
この短編集のタイトルとなっているFive-Carat Soulとは、バンドの名前でもあります。本書の中のいくつかの短編は、このバンドメンバーの男の子、Butterが語り手となっています。彼の住むThe Bottomの住民を、Butterは一人ひとり、少年らしいいとおしさで語ってくれます。その描写のなんと生き生きとしていることか。もっともっと彼の作品を読みたかったのですが、残念なことに2022年12月に65歳という若さで亡くなりました。
この短編集の出版元のリヴァーヘッド・ブックスは1994年に設立されたペンギン・グループの出版社ですが、私たちの視点を大きく変えてくれる骨太の作家たちの作品を読者に届けてくれます。頼れる出版社を持っておくのもいいものです。
アンドレア・レヴィは「ウィンドラッシュ世代」の作家です。父親は第二次世界大戦後のイギリスの労働者不足解消のためにカリブ領域(特にジャマイカ)からイギリス本国に招聘された移民の一人でした。ウィンドラッシュ号に乗って海を渡ってきた移民の子供たちは、ビザやパスポートなどの公的な書類が発行されなかったために、2012年になって不法移民とされ、国外退去を申し渡された事件は有名です。
生まれも育ちもイギリスであるウィンドラッシュ世代は、あらためて自分のルーツやアイデンティティを手探りで求めつつ、その中から新たなジャンルの文学作品も生まれました。この短編集は、イギリス植民地の歴史を作家の目から簡単に紹介してくれるのみならず、それぞれの短編によせる解説もつけてくれています。どの作品もイギリスという国の歴史の今まで語られなかった一面を見せてくれるのみならず、イギリス人でありながら、イギリスという国になじみ切れない人々の姿をその歴史的な背景に投影してくれます。レヴィの作品を足掛かりに、今まで学んだことのないブラック・ブリティッシュの文化や文学も知っていただければと思います。
1)自己紹介 | |
大学院を出てから基本はフリーランスの物書きの暮らしでしたが、すっかりアカデミックな世界を忘れた頃、母校に雇ってもらいまして、今に至ります。法学部に所属し、主に歴史の授業を担当しています。教養研究センターの仕事もしています。 |
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2)専門・研究分野 | |
学部でも大学院でも近現代の政治思想、特に日本の右翼的な領分を勉強していて、今もそのへんに軸足があるつもりです。子供の頃から、第二次世界大戦での日本の負けっぷりがあまりに物凄いので、どうしてこんなことになったのかと、とても気になり、その続きをずっとやっているわけです。 | |
3)どんな学生でしたか | |
本は幼いころから好んでいたようで、字の読めない幼稚園の頃から本屋に行くと動かなくなって、親を困らせていたそうです。もちろんその頃は絵本と図鑑と写真集ですけれども。大学のときは古本屋と古本市に入りびたりでした。新刊書を読む習慣もなくなってゆき、昔の本に集中しました。大正から昭和前半期の本が好物。読書家というよりも蒐書家です。とにかく昔のものばかり読むので、考えることも時代からずれて、昔気質になる。映画も古いものばかり観ている。そんな暮らしでした。 この大学の法学部政治学科の学生でしたから、日吉でクラブ活動もしていました。辯論部と三田レコード鑑賞会(クラシック音楽の愛好家のクラブです)に入っていて、辯論部では昼休みに中庭演説をすることがあり、応援指導部とはまた違ったノリで絶叫しておりました。 |
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4)日吉のおすすめスポットとおすすめポイント、理由を教えてください | |
日吉台地下壕でしょう。みなさんの足の下、日吉キャンパスの地の底には、第二次世界大戦末期に築かれ、実際に用いられていた海軍の地下施設があるのです。それも連合艦隊司令部とか、軍の中枢のセクションです。見学する術もあるので、興味のある方はお調べになってください。 | |
5)塾生に一言お願いします | |
やはり読書について申したいのですが、それは時間のかかるものです。高校生まではみなさん、受験等でお忙しかったかもしれないし、社会に出てしまうとなかなか暇はとれません。「親孝行、したいときには親はなし」と言いますが、「読みたいときに時はなし」になるのもまた人生です。後悔のないように是非是非片っ端から読んでください。 |
大河小説を読みましょう。
トルストイ『戦争と平和』、ショーロホフ『静かなドン』、吉川英治『私本太平記』、山岡荘八『徳川家康』などなど。おすすめしたいものはいろいろありますが、日本近代史ネタでは『戦争と人間』にとどめをさします。日本と満洲を主たる舞台として、日本の新興財閥が陸軍と結託してのしあがり、滅びて行く。資本家、軍人、労働者。1930年代の大日本帝国を構成する様々な階層を描き尽くそうとする野心に満ちた、壮大な作品です。
著者は青年時代に満洲国でサラリーマンをしていて、その経験が戦後に執筆されたこの大長編にちりばめられています。大河小説の魅力は世の全体を文字で表し尽くそうとすることで、不可能性の試みに違いありませんが、それを味読するのは何よりの経験で、そのための時間は大学生のうちにしかないと思ってください。
山本薩夫監督によって全3部作の超大作映画にもなっているので、合わせてご覧いただくととてもいいです。
『戦争と人間』に比べれば遥かに短いとはいえ、これも大長編の小説です。しかも迷宮的構造を持っています。タイトルは「堂々巡り」が訛ったのでしょうか。長崎言葉とも言われますが、作者の造語なのかもしれません。
とにかく、その名の通り、どこまで行っても出口なしで、ストーリーがだいぶん先に行ったと思ったら、いつの間にか戻るのです。小説の舞台の空間は閉鎖的で、時間は循環的です。もう誰が生きていて誰が死んでいるのかもよくわかりません。夢野久作は江戸川乱歩や横溝正史の仲間の探偵小説家で、本書も探偵小説と言えばそうなのですが、探偵と犯人が明快に切り分けられないようにもなっています。その意味でもドグラ・マグラなのです。不思議の極みですけれど、でも世の中の本当のリアルとはこの小説のようなものかとも思います。
1935年、つまり天皇機関説事件の年で、2.26事件の前年に発表されました。松本俊夫監督によって映画化されており、これがまた名作です。
詩や戯曲は黙読では面白くありません。やはり朗読し朗唱したいものです。三島と言えば小説と思われるかもしれないけれど、彼の魅力の核心は劇作にあり、『わが友ヒットラー』は男性ばかり、『サド侯爵夫人』は女性ばかりを登場人物として、一対のものと捉えられる戯曲で、もう本当に素敵な台詞に満ちている。
『わが友ヒットラー』は政治の勉強にもなるでしょう。三島のお芝居では、いずれも原作のあるものですけれど、『黒蜥蜴』、それから『朱雀家の滅亡』、『椿説弓張月』も素晴らしい。
三島の本領は脚色にあるのかもしれません。
小説でも戯曲でもなく思想書ですが、『ドグラ・マグラ』もびっくりするほどの読者体験を与えてくれること、請け合いです。
何しろ、天皇を、憲法を、恋愛を、人類の神への進化を語る大著なのですから。
しかも北一輝は本書を1906年、つまり日露戦争終結の翌年で夏目漱石が小説家として活躍し始める頃合いに自費出版していて、その年に北は23歳です。皆さんとそんなに変わらない年齢なのです。北はそれから約30年後に2.26事件に連座して極刑に処せられます。国家に睨まれ続け、ついには生命を奪われる。北に匹敵するのは、幸徳秋水と大杉栄くらいのものでしょう。
そのくらいインパクトがあるとはどういうことか。知っておいて損はありますまい。
※この資料は、電子ブックでもご利用いただけます。
https://search.lib.keio.ac.jp/permalink/81SOKEI_KEIO/188bto4/alma9926575457104034
自分のいる世界の外側に立つ。そういう視線を持つ、あるいは持てるつもりになることが、とても重要です。本にも、自分の生きている世界でうまくやるための本と、外側に招く本とがあると思うのです。
前者の好例はいわゆるマニュアル本やハウツー本でしょう。では後者はというと、北一輝の本もそこに入るでしょうが、やはり今日のわれわれが生きている世の中は資本主義世界というやつで、それを相対化する眼が若いうちに備わるか否かで、そのあとがだいぶん違うと思います。そして、冷戦構造崩壊前の学生は、当たり前のようにその種の書籍に親しんだものなのです。マルクス、エンゲルス、レーニン、毛沢東、サン=シモン、フーリエ、ルカーチ、アドルノ、マルクーゼ、フロム、ライヒ、その他大勢。その中からひとつ、ブロッホの大著を挙げましょう。
現実の向こう側に行くための、つまりこの世と別の希望を求めるための百科全書のような怪物的書物です。翻訳だと全6巻。とてつもなく長いですが、私は、10年くらい前までは何年かのあいだ、日吉の授業の「近代思想史」で参考書にしていましたし、要するに必要箇所を1、2年生の皆さんに読んでいただいていたのです。北一輝よりは読みやすいと思います。ご興味のある方があれば是非、たとえチラとでも。お時間のあるうちに。
1)自己紹介 | |
日吉で総合教育科目の「近代思想史」を教えています。順調であれば、これが展示されている頃は留学のためフランスにいるはずです。 | |
2)専門・研究分野 | |
政治思想史ですが、「思想史」とはあらゆることが関連してくる学問なので、哲学、神学、歴史、文学、科学史など、様々な他の分野も必要に応じてかじっています。 | |
3)どんな学生でしたか | |
まあまあ真面目でした。サークルはKESS(慶應義塾大学英語會)とKPC(慶應ピアノクラブ)に入っていました。当時のKPCには、芸大や桐朋断念組の先輩方がちらほらいらして、私の打鍵の問題点や、それまで知らなかった練習方法を教えてくれたものです。その方法を試してみると、てこずっていたパッセージが少し楽に弾けるようになるのが嬉しくて、ピアノには結構夢中になっていました。 | |
4)日吉のおすすめスポットとおすすめポイント、理由を教えてください | |
矢上と日吉を結ぶ道はいくつかありますが、8号館の横の階段が好きです。上りはきついですが、晴れた日は緑のトンネルがとても気持ちいいです。 | |
5)塾生に一言お願いします | |
充実した毎日を送れるにこしたことはありませんが、それが人生の全てというわけでもありません。意欲が湧かずもんもんと自分を持て余す時間も、無駄ではありません。走り続けた人にしか見えない景色があるように、歩けない時期があった人にしか察知できないことというのもあります。本を友達にできればよいですが、頁をめくる気力も無いときは、そんな自分とゆっくり向き合えるのも大学生の特権と思って、のんびり過ごしましょう。 |
本屋大賞に選ばれ映画化もされたので、知っている人も多いでしょう。
ピアノの調律師を目指す若者の成長物語です。調律の世界の奥深さ、ピアノの響き、北海道の漆黒の森のイメージが織り合わされた美しい文章に、心が洗われます。
「楽器は森から生まれた」という言葉に表れているように、楽器と音楽のむこうに自然や宇宙が広がっていることを実感させてくれる小説です。
悲劇的な形で子供二人を同時に失った女性の魂の彷徨の物語。
かなり重い話なので、毎日楽しく過ごしている学生にはおすすめしませんが、人に言えない状況を抱えている人、あるいは気持ちが沈んで這い上がれない人は、心に沁みる言葉を見いだせるかもしれません。
高村薫は社会の片隅で鬱屈を抱えながら生きる人々のリアリティを描くのが巧みなので、この作品も、ハラハラドキドキを楽しみつつ、日本社会を立体的に理解できる重厚な犯罪小説です。
私もこの本を読んでから、人の外見だけでは分からない背景、そしてその背景を作っている社会のあり方に少しずつ思いを向けるようになりました。
政治思想のテーマでもある「市民意識」という問題に、都市空間のあり方から接近できることを教えられ、最初に読んだ時は目から鱗の面白さを感じました。
西洋的市民を範とするような本書の前提に反発を感じる人もいるかもしれませんが、日本の文化や社会を相対化する一つの視座を与えてくれることは確かです。
副産物として、国内外の都市を旅行するときに観察すべきポイントを示唆してくれるという面もあります。
大学1、2年生時代、吸い寄せられるように加藤周一著作集を片端から読んでいたので、どれか1冊を選ぶのが難しいのですが、思い出深い第12巻を挙げておきます。
20歳の頃この12巻を片手に、京都に一人旅をして西芳寺や龍安寺の庭を訪れたのは懐かしい思い出です。加藤周一は文学、映画、旅、時事問題等ありとあらゆることを題材に論じているので、著作集全体が、自分の関心を広げてゆきたい人にとっての地図としても役に立ちます。
もちろん、この知の巨人の思考と文体を楽しむためだけに読むのもおすすめです。
1)自己紹介 | |
古書と猫と洒落を好み、詩的なるものを求めてイギリス文学と文化を研究しています。日吉では英語と文学、矢上では英語、三田では英文学を教えています。好きな言葉は「至誠一貫」、好きな飲み物は美味しい紅茶とお酒、好きな歴史上の人物はウォルター・ペイターとレオナルド・ダ・ヴィンチです。見かけたら声を掛けてください。 | |
2)専門・研究分野 | |
近代イギリス文学と文化史が専門です。特に19世紀後半のイギリスで花咲いた唯美主義(Aestheticism)と呼ばれる文学・芸術上の動きを、同時代の知識人ネットワークとの関わりで実証的かつ領域横断的に研究しています。これに関連し、博士課程でのイギリス留学以降は、様々に絡み合う知の領域が次第に専門に分かれ制度化されていく19世紀以降の複雑な文化・社会的コンテクストを踏まえつつ、文学・芸術におけるコスモポリタニズムや「好奇心(curiosity)」表象にも強い関心を持って考察を深めています。日本で外国語(文学)研究・教育に携わる一人として、近代の大学におけるディシプリンとしての「英語・英文学(English)」の成立と展開にも着目しています。 | |
3)どんな学生でしたか | |
日吉時代は気の赴くままに本を読みながら、語学や教養系科目の授業で出会った友人たちと(少し背伸びをした)文学・芸術談義に興じていました。慶應BEATLES研究会という愉快な音楽サークルに4年間所属し、初年度の休み時間や放課後には個性豊かなメンバーたちとご飯を食べたり楽器を弾いたり歌を唄ったり、自由で牧歌的な生活を営んでいました。古代中世から近現代までを視野に入れた英文学研究の奥深さに魅せられて三田の英米文学専攻へすすんでからは、ゼミの恩師の影響で古書店通いと古書蒐集の旨味を知り、神保町には学生の特権をいかし週に2〜3回くらい通うようになりました。大学(図書館)と書店と自宅を繋ぐ「黄金のトライアングル」の完成です。アルバイトは休日などに無理のない範囲で塾講師をしていました。2年次の夏に参加したケンブリッジ大学ダウニング・コレッジでの短期留学の経験は、つづく本塾大学院での研究活動や、その後のロンドン大学クイーン・メアリー校への博士課程留学に向けての大きなモチベーションとなったように思います。三田での学部時代にはさらに、オクスフォード大学やケンブリッジ大学の同種の組織にならい2006年に恩師が創設した慶應愛書家倶楽部という有志団体に加わり、ここ10年程は事務局長として企画と運営も行っています。本好きの学生や教員はもちろん、書店や出版関係者や作家に至るまで様々なメンバーが最近の本の収穫を持ち寄って定期的に集いながら精力的に例会活動を行っていますので、ご興味のある塾生はぜひ私まで気軽にお知らせいただけたらと思います。なお、2016年にロンドン大学では初となる愛書家倶楽部を友人と共同創設した際には、学部・大学院時代のこの活動経験が大いに活きました。学生時代に多くの素晴らしい出会いや周囲のサポートに恵まれたことは何よりも幸福なことでした。 | |
4)日吉のおすすめスポットとおすすめポイント、理由を教えてください | |
塾生会館です。初年度は特にサークルの部屋と地下の音楽練習室をよく利用しました。お昼休みは学食が混んでいたので、塾生会館1階でお弁当を買って友人とお喋りしつつ食べることも多かったです。なお、スポットではありませんが、神出鬼没のキャンパス猫である「ひよねこ」もおすすめです。見かけたあなたはラッキーです。 | |
5)塾生に一言 | |
Know thyself. |
シェイクスピアの4大悲劇中、私が最も好きな作品です。
高校時代に新潮文庫の福田恆存訳で初めて読み、特に登場人物が荒野を彷徨う場面には雷に打たれたような衝撃を受けました。この読書体験が後に大学で英文学を専攻し、文学研究者となった私の人生を実質的に決定づけたといっても過言ではありません。多くの優れた日本語訳を読み比べる楽しみもあるでしょうが、ここでは思い入れのある福田訳を挙げておきたいと思います。
ちなみに、シェイクスピアの喜劇では『空騒ぎ』が一番のお気に入りです。
※『リア王』の原著"King Lear"はこちら
注) 4階の資料を利用したい場合は、係員が資料を出納します。詳細は以下をご確認ください。https://www.lib.keio.ac.jp/hiyoshi/facilities/#A04
『自由論』や『自伝』などの著作で広く知られ、19世紀イギリスを代表する公共知識人であったJ. S. ミルは、公の学校教育を受けずに父から厳格な家庭教育を施された身でした。本書は、近代イギリスの大学教育に大きな影響を与えたミルが、1867年にスコットランド最古のセント・アンドルーズ大学の名誉学長に就任した際の講演録です。
今なお価値を失わない卓越した教養論として、新入生の皆さんに強くおすすめしたい小さな名著です。
ミルはここで専門知識の土台となるべき一般教養教育の重要性を印象的な言葉遣いで説いています。「たとえ人生は短く、しかも仕事でも思索でも喜びでもないことに浪費する時間ゆえに人生がさらに短くなるとしても、人文系の学者が自分たちの住む世界の自然法則や特性についてまったく無知になれるほど、また科学者が詩的情操と芸術的教養を欠いてしまうほど、われわれの精神はそんなに貧弱ではありません」(21頁)という魂を揺さぶる言葉は、彼が述べた多くの名言の一つです。
※原著"Inaugural Address : delivered to the University of St. Andrews, Feb. 1st 1867"はこちら
本を片手に友人と日吉をぶらついていた学部1年生の頃に愛読していたオスカー・ワイルドがかつて「美の聖書」と呼んで激奨していたことを知り、迷わず手に取ってからというもの、私の人生のバイブルとなった一冊です。
古代ギリシア・ローマ時代から中世を経て近代へとゆったりと流れこむヨーロッパ的教養がそのまま凝縮されたような技巧的文体は、とりわけ名高い「モナ・リザ」批評の場面に顕著なように、陶酔感を覚えるほどです。原文の英語は確かに一筋縄ではいきませんが、それ自体が芸術的鑑賞に堪えうる名文で、速読は全く意味をなしません。
絶えず好奇心をもって新たな考えや自らの受けた喜びや印象を吟味し、詩的情熱の内に生きることこそが人生における成功なのだと説くペイター先生の「芸術のすすめ」にあの時に出逢えて本当に幸運でした。2023年は『ルネサンス』初版刊行から150周年ということで、より多くの塾生にペイター先生の声を届けられたらと思っています。
※原著 "The Renaissance : Studies in Art and Poetry" はこちら
慶應義塾長(1933〜1946年)や皇太子明仁親王(第125代天皇)の教育責任者を務めた小泉信三による格調高い読書論です。
「すぐ役に立つ本はすぐ役に立たなくなる本である[…]すぐには役に立たない本によって、今日まで人間の精神は養われ、人類の文化は進められて来たのである」(12頁)という主張は、
福澤諭吉以来の慶應義塾の実学の伝統と矛盾せず、その学問観とも響き合うと小泉は語ります。
古今東西の名著からの引用や心に残る逸話の数々に彩られた本書は、古典を読む意義から始まり、何をいかに読むべきか、語学力を養う重要性、翻訳の意義、書き入れや覚書の効果、読書と観察力および思索との関係、福澤・鴎外・漱石らを含む東西文章論、書斎および蔵書の構築のこと、そして著者の幼年期からの「読書の記憶」を自伝的に綴った最終章の全10章からなります。
慶應義塾の大学予科に進んで学問が好きになった話や、20代後半に経験したロンドンやパリやベルリンでの留学生活の記述からは、著者の幅広い読書や交友関係の記録とあわせ、学問や人生にたいしての真摯な姿勢が伝わってきます。
『オリエンタリズム』や『文化と帝国主義』などで名高いエルサレム生まれのアメリカの批評家サイードが生前に完成させた最後の本、すなわち「遺著」とも呼べる一冊です。
長年コロンビア大学で教鞭を執った何よりも人文主義者としてのサイードの強靭な知性と文献学への信頼、「精読」やデモクラシーへの期待、公共知識人としての妥協なき使命感などが独特の緊張感をもって提示されています。「いつになったらわたしたちは、人文学を一種の気取ったおすましとして考えるのをやめ、それを、差異への、オルタナティヴな伝統への、これまでよりもずっと幅広い文脈において新たに解読しなければならないテクストへの、心揺るがす冒険として考えられるようになるのだろうか」(73-74頁)という彼の言葉は、
日本の大学で他ならぬ「私」が読書をすることの意味を常に問いかけてきます。
※原著 "Humanism and democratic criticism" は こちら
そもそも「文系」と「理系」はいつどのように別れたのでしょう。HSSとSTEMがそれぞれ何を意味し、どのような関係にあるか分かりますか。あるいは、教養課程と専門課程の関係性は具体的にどうあるべきだと思いますか。履修授業や所属サークルにおける男女比や、進路とジェンダーの関係などはどうでしょうか。
科学史家の手になる本書は、中世から近現代に至る欧米諸国や東アジア(特に日本)における「知」の枠組みの起源と変遷を豊富なデータの分析を通して明らかにし、現代の私たちがともすれば自明視しかねない社会や思考の制度的な枠組みを新たな視点で捉え直すきっかけを与えてくれる好著です。これから大学で何を、いかに、何のために学ぶべきか、不安と期待の中にいる新入生の皆さんにはきっと多くの「考えるヒント」が見つかるはずです。